鼓くらべ

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お城

こうへき、です。

 

今回は、山本周五郎の「鼓くらべ」が出題されたS学園の問題を取り上げます。あまりにも有名な物語ですが、子どもたちが時代小説に出会ったときにどう対処するのだろうということも合わせて考えてみたいと思って選びました。子どもたちにもいつも説明していますが、歴史小説と時代小説は異なることを説明します。子どもたちには、こんな説明をします。歴史小説は、完全なノンフィクションではないけれど史実に基づいて書かれたものであり、有名な作家としては吉村昭吉川英治が挙げられます。時代小説は完全なフィクションで江戸時代が多いですが、山本周五郎藤沢周平あたりが有名でしょうか。時代は異なるけれど人間としての感情は大きく異なる訳ではないから時代や国に関わらず読み進めるようにいいます。もちろん、アンネフランクのように戦争が絡んでくるような時代の場合には、どのような歴史が絡んでいるのかよく時代設定を考えなければならないとは説明しますが。

【あらすじ】

 正月に金沢城で行なわれる鼓くらべ(鼓の腕を比べる大会)にお留伊とお宇多が参加します。城主の前田侯の前で鼓の腕を競い合います。お留伊は、次々に披露される鼓の音に自分が恐れるほどの腕を持った人物がいないことに自信を持ち、城主から賞を受けることを想像して、その誇らしさと名誉のかがやかしさに身をふるわせるのでした。お留伊とお宇多の番が来ました。お宇多の顔は青ざめ、くちびるは引きつるように片方へゆがんでいました。その姿は、勝とうとする心をそのまま絵にしたような激しい執念の相でした。そんな様子を見ていると、お留伊はある人の顔を思い浮べます。いつも左手をふところに入れた旅絵師の姿でした。その人は、観世市之丞様であることに気づきます。彼は、鼓くらべに勝った後で自分の利き腕を折り、行方をくらましたのです。彼はお留伊に言います。音楽はもっと美しいものでございます。人と優劣を競うことなどおやめなさいまし。音楽は人の世で最も美しいものでございます。藩主の前で弾いていたお留伊の鼓の手が止まります。鼓を下してじっと目をつむります。老人の顔が笑いかけてくれるように思い、お留伊は今までに感じたことのないような新しい喜びが胸にあふれます。早く帰ってあの方に鼓を打ってあげようと思います。舞台から戻ると、師匠は取り乱しながら彼女をなじります。お留伊は打ち間違えたと言います。師匠はそれを否定しますが、彼女は頑として打ち間違えたからやめたのですと笑顔でいいます。彼女は老人が待つ旅館に急ぎます。ところが、老人は亡くなっていました。でも、老人の安らかな笑顔は、ようなさいました、あなたのお手並みを聞かせて下さいと言っているようでした。お留伊のほおに温かいものがしたたります。それから長い間袂で顔をおおって声をしのばせて泣きます。今日まで自分がどんなにみにくい心を持っていたか、どんなに思い上がっていたか、たしなみのない娘であったのかと悔います。そして、お留伊は今までのようにではなく、生まれ変わった気持ちで打ちますと言います。今はもう観世市之丞かどうか分かりませんが、この人こそ彼女にとって師匠でありました。そして暗がりで鼓を打ちます。

【問題】

お留伊は、鼓くらべの途中で鼓をやめて師匠に打ち間違えたと言いますが、一方の師匠は打ち間違えてはおらず上手に出来たと言いますが、それぞれどのような意味で言っているのか説明しなさい。

【解説】

観世市之丞が、お留伊に伝えた言葉を思い出している箇所と、その後の彼女の行動パターンを追ってみると分かります。音楽はもっと美しいものでございます。人と優劣を競うことなどおやめなさいまし。音楽は人の世で最も美しいものでございます。という言葉と、亡くなった老人の前で今日まで自分がどんなにみにくい心を持っていたか、どんなに思い上がっていたか、たしなみのない娘であったのかと悔います。それに比べて師匠は勝つことにこだわっていますので、そこに違いが見られます。

【解答例】

お留伊は、音楽で優劣を競い合い相手を打ち負かすことに喜びを抱いていたこれまでのあり方を打ち間違えたといっているが、師匠は、鼓の打ち方が技術的に間違っている訳ではないと考えていることの違い。

 

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