国語の中学入試問題は進化している?

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テキストの山

こうへき、です。

 

 最近、教え子たちといろいろな国語の問題を解いています。以前と異なる問題を見かけます。今回は、その傾向について話してみたいと思います。もちろんその原因は、大学の入試改革に関連していることはいうまでもありませんが。

 公立の中高一貫校の入試問題には、10年以上前から国語と社会や理科を融合したような問題が出題されていました。私立中では、一部の学校を除いてはまだあまり見られませんでしたが、最近では、いろいろな私立中学校に出題されるようになっています。

 では、どんな問題か。10年以上前ですが、神奈川県の男子私立中Aに出題された問題で考えてみましょう。「社会的弱者、高齢者・乳幼児・身体的精神的障がい者に対して我々はイライラを募らせていませんか」という文言が論説文に書かれています。それに対して「あなたの経験や人から聞いたことに基づいて自分の意見を述べなさい」というような問題でした。

 こんな問題に対して子どもたちは戸惑います。答えのない問題に対して免疫がないのが現実です。大手塾のテキストにこのような問題は基本的にありません。公立の中高一貫校では、先にも述べましたが以前から出題されていますので、中高一貫校合格を目指す受験生を集めた塾では指導するでしょう。でも、一般の塾ではあまり指導しません。

 では、どのように指導するべきか。まず、筆者の説明だけでなく、自分たちがどう考えているかを再確認します。これは、答えのない問題に限らず、一般のことについても自分たちの身の回りのことやテレビ、新聞のニュースなどで筆者の主張が当てはまるか考えるクセをつけてねと言います。

 子どもたちに質問します。自転車で走っているときにお年寄りが、歩道をふさぐように杖で歩いていたら、どんなふうに思うでしょうか。若いお母さんが、小さい子どもに切符を持たせて改札口でモタモタシしてたらどう思いますか。いつも載っている電車に乗り遅れそうになって、杖をつきながら歩いている人が改札口で戸惑っていたらどう思いますか。学校に遅刻しそうで、エスカレーターの右側(関東の場合)を早く歩いて登ったり、降りたりしたいのにそこに年配者がいて、急ぐことができない場合はどう思いますか、などと聞きます。

 当たり前ですが、イライラしますね。それが真実の心の揺れ動きなのです。正直な気持ちです。都心に住んでいると、そういう経験をするのが一般的です。でも、後から考えますと、精神的にゆとりがなかったことに気づきます。もう少し早く家を出ていれば、このような場面に出くわしても、慌てることはありません。そう書けばいいのです。という話をします。

 子どもたちは言います。そんなことを書いていいの?そんなことを書いて点数が下がることはないのか?などといいます。社会的弱者に対して悪く思うことは、当たり前ですが、いけないことです。でも、自分が慌てているときは、悪く考えがちです。では、そのように思わないようにするためには、どうすればいいのでしょうか。と子どもたちに考えさせます。早く家を出ればいいという意見になります。つまり、心にゆとりがなくなっているということですよね。では、ゆとりを持つように行動すれば良いということになりますよね。ということになるわけです。

 結局、子どもたちは自分で考えて説明できるようになります。当たり前のことでも、自分で考えて、自分で説明してみなければ分からないのでしょうか。慣れてくれば書けるようになります。子どもたちの柔軟な心で考えていけばいいのでしょう。中学校の先生方も、子どもたちの柔軟な想像力を求めているのですから。

 

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